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札幌地方裁判所 昭和59年(行ウ)12号 判決

原告 吉野富弥

右訴訟代理人弁護士 向井清利

右訴訟復代理人弁護士 坂本彰

被告 中谷文義

右訴訟代理人弁護士 山根喬

右訴訟復代理人弁護士 伊藤隆道

参加人 積丹町長 中谷文義

右訴訟代理人弁護士 山根喬

右訴訟復代理人弁護士 伊藤隆道

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、積丹町に対し、金四二三万六一四四円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二  被告

(本案前)

主文と同旨の判決を求める。

(本案)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  原告は、普通地方公共団体である積丹町の住民であり、被告は、昭和五七年八月一〇日以降積丹町長の職にあるものである。

2  積丹町は、昭和五三年三月一日から昭和五七年一二月三一日までの間、同町の非常勤嘱託医、常勤医師、直診勘定職員に対して報酬を支給するに当たり、本来源泉徴収すべき所得税額一二五九万二一二七円を源泉徴収することなく右非常勤嘱託医等に対して報酬を支給し、その後の昭和五八年四月三〇日、所轄税務署長の督促に応じて、未徴収所得税一二五九万二一二七円、不納付加算税一二五万六二〇〇円及び延滞税八九万八一〇〇円の合計一四七四万六四二七円を納付した。

そして、被告は、積丹町長に就任した昭和五七年八月一〇日以降、右のとおり自ら違法に所得税額を源泉徴収することなく非常勤嘱託医等に対して報酬を支給し又は積丹町長として職員に対する監督責任を怠って収入役等の同町職員をして違法に所得税額を源泉徴収することなく非常勤嘱託医等に対して報酬を支給させ、被告が積丹町長に就任した後の期間中に積丹町に対して四二三万六一四四円の損害を被らせたものである。

3  原告は、昭和五九年一月一〇日、積丹町監査委員に対して、右所得税額の源泉未徴収、町費による所得税等の納付額、納税義務者に対する求償関係等について監査請求をしたが、同監査委員は、同年三月七日、直診勘定職員に対する宿日直手当に対する所得税相当額三一万〇七〇〇円については同職員に対する求償権があるとして適当な措置を採るべきことを勧告するにとどまった(なお、仮に原告が監査請求期間を徒過したとしても、それは積丹町における行政の情報公開の不十分さのために原告が右の事実を知りえなかったことによるものであるから、原告には正当の理由がある。)。

4  よって、原告は、右監査結果に不服であるので、地方自治法二四二条の二第一項四号の規定に基づき、積丹町に代位して、被告に対して、右損害金四二三万六一四四円を積丹町に支払うべきことを求める。

二  請求原因事実に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1の事実は、認める。

2  同2前段の事実は、認める。

積丹町は、非常勤嘱託医等に対して、報酬のほかに、報償費から旅費及び日当を支給していたが、それが役務の提供及び施設の利用等によって受けた利益に対する代償としての支出であるとの理解の下に、所得税額の源泉徴収をしていなかったものである。

同2後段の主張は、争う。

職員に対する報酬等の支給に際して所得税額を源泉徴収してこれを所轄税務署長に納付する事務は、独立した権限をもつ収入役の事務であって、町長の事務ではない。

3  同3の事実は認める。

4  職員に対する報酬等の支給に際して所得税額を源泉徴収してこれを所轄税務署長に納付する事務は、前記のとおり、収入役の事務であって、町長の事務ではないから、本訴請求について被告には被告適格がないばかりか、非常勤嘱託医等に対して所論の最終の報酬の支給がされたのは昭和五七年一二月二一日であるから、一年を経過した後にされた原告の監査請求は不適法であり、したがって、また、本件訴えは、適法な監査請求を経ていないものとして、不適法である。

第三証拠関係《省略》

理由

一  普通地方公共団体の支出は、普通地方公共団体の長の支出命令に基づいて出納長又は収入役がこれを行うものであり(地方自治法二三二条の四)、それが職員に対する給与又は報酬の支給にかかるものである場合においては、普通地方公共団体の長は、源泉徴収をすべき所得税額等法令の規定に基づいて給与又は報酬から控除すべきものの額を明示したうえで、その支出命令を発すべく、会計機関としての出納長又は収入役は、右支出命令を受けて、右のような諸控除を行った後のいわゆる現金支給額を給与又は報酬として職員に支給すべきことになる道理である。

したがって、職員に対する給与又は報酬の支給に際して所得税額を源泉徴収してこれを所轄税務署長に納付する事務の一切がおよそ普通地方公共団体の長の事務には属しないとする被告の主張は、その限りでは、正当ではない。

二  しかしながら、積丹町事務決済規程(昭和五四年四月一六日規程第一号)によれば、「報酬その他辞令又は定額に基づくものの支出に関すること」(五条二一号)及び「旅費及び費用弁償の支出に関すること」(同条二二号)は、いずれも「町長がその責任においてその権限に属する特定の事務の処理について所管の機関に意志決定させる」(二条二号)ものとしての意味において同町の助役にいわゆる専決委任されていることが認められ、また、報酬及び費用弁償等支給条例(昭和三七年三月二三日条例第三号)、町職員の給与に関する条例(昭和三七年一二月二七日条例第二三号)及び町職員の旅費に関する条例(昭和三一年九月三〇日条例第四号)によれば、所論の積丹町の非常勤嘱託医、常勤医師又は直診勘定職員に対する報酬、旅費又は日当の支給がいずれも右積丹町事務決済規程にいわゆる「報酬その他辞令又は定額に基づくものの支出に関すること」又は「旅費及び費用弁償の支出に関すること」に含まれ、したがって、積丹町においては、これらの職員に対する給与又は報酬、旅費及び日当の支出につき、源泉徴収をすべき所得税額等の控除すべきものの額を明示して支出命令を発することは、同町の助役の専決事項とされていて、被告においてはなんらこれらの決定権を有しなかったことが明らかである。

三  そして、このように、普通地方公共団体の長がその権限に属する事務を補助職員又は下部機関に専決委任している場合においても、当該地方公共団体の長は、地方自治法一五四条の規定に基づいて又は委任者として、補助職員又は下部機関に対して指揮監督権を有しており、故意又は過失によってその行使を怠ったときには、当該地方公共団体に対して損害賠償義務を負うことがあるのはもとより当然のことであるが、住民が地方自治法二四二条の二第一項四号の規定によって普通地方公共団体に代位して行う損害賠償の請求の目的となし得るのは、違法な公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分等のいわゆる財務会計上の行為に直接的に関与した当該地方公共団体の長又は職員に対する損害賠償請求権に限られるものと解するのが相当であり、右のような場合において、当該地方公共団体の長に指揮監督権の行使を怠った違法がないときにおいてはもとより、そのような違法があるときであっても、住民は、前記のようないわゆる財務会計上の行為に直接的に関与していない当該地方公共団体の長を被告として右損害賠償請求の訴えを提起することは、許されないものというべきである。

四  以上のとおりであって、原告の本件訴えは、既にこの点において不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上敬一 裁判官 園尾隆司 垣内正)

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